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今日のお買い物 [日記]

万年筆のインク
iroshizuku[色彩雫]
http://www.pilot.co.jp/products/pen/fountain/ink/iroshizuku/



前から気にはなってたけど、
ビンがデカい事がハードルだったけど、

カートリッジの買い置きが
ようやく無くなって
ミニボトルが出ていたので、

万年筆、
触れない人は、全く触れる事ないけど

シャープペンやボールペンよりも
力をかけなくても書けるので

書き味自体が楽しいから
ちょっとしたメモ書きや
ノートを取ったりする時によく使う

インク充填は
ちょっと手間がかかるけど

それも、それで、楽しいのですよ。


try sometihng new [日記]

専門性を深める事と同時に
幅も広げる事も大切だと思う、今日この頃。

普段とは違う勉強をしようと

ストリートアカデミー講座に参加。

<ストリートアカデミー>

<【ストアカ公式】先生向け講座★実績No1講師に学ぶ成功する集客

自分の何かを学ぼうと思う動機は
自分の知的好奇心。

役に立つかどうか、とか、
実用的かどうか、は結構どうでもよくて、
ただ、面白そうって思うかどうか(笑)

だから、学んだものも
人の利益やお金に換えていくという
感覚があんまりない

内向型の人間なので。

「それを一人で完結させているのは、
 世の中に対しての損失」
と言ってくれた人がいたり、

自分にとっては大したことじゃない事でも
ありがたがってくれる人がいたり、

自分の学びは
他の人の喜びになるんだなぁと
今さらだけど、強く実感。

ということで、
自分の持っているものを
もっとシェアしようと思った次第。

アドラー心理学 [オススメ(本)]

遅ればせながら、
年末年始の集中読書ウィークから、引き続き
アドラー心理学の本を
いくつか読んでおります。
 
ベタですが・・・。 


嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え



目からウロコ、というよりも

今まで、自分の中で感じてたけど、
それって普通じゃないからおかしいよね、
って思ってたのを
 
そのまま、肯定された感じ(笑)

私、変人だけど、的外れじゃなかった。
(↑一安心(^_^;)

ただ、
哲学として読むと自己啓発本になるけど、
科学として読むと、これ、劇薬(^_^;

悪用すれば、人からコントロールされない方法と
人をコントロールするヒントが結構多いと思う。

直接、そういう表現はしていないけど

自分をコントロールしたければ、反応しないこと
人をコントロールしたければ、反応させること

人は、何に、どんな、反応をするのか
それがわかっていれば、
それを使い分けることでコントロールすることが
できるじゃないかと。

せっかくなので
もっと、そこの部分を調べてみようなあ、と。


もちろん、人をコントロールする為に、
ではなく
自分をコントロールするためですよ(笑)

おとなの教養 [オススメ(本)]

年末年始、

今年は貯めていた本とビデオ
この時とばかり、読みあさっていました。 

その中の一冊。


 

勉強は何のためにするのか、
どういう勉強は必要なのか、
改めて考えさせてくれる内容でした。

特に印象に残ったのことが2つ

<その1>

「すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなる。すぐに役に立たないことが、実は長い目で見ると、役に立つ。」

これって現代に対しての冷めた意見のようにも思える。
携わっている仕事を考えても、
後々取り返しが付かなくなるようなダイエット健康法や
通販でありがちな健康グッズがもてはやされる事があるけど

・・・・、ねぇ(^^ )。

<その2>

「歴史は時代の勝ち組によってつくられてきた」

歴史って、それをまとめて(編集して)書き残す人がいて、
表向きに残っていくものは、
残された人間にとって都合のいいものなんだなぁと。
編集する人がいるってことは、その人の視点に立てば真実だけど、
他の人の視点から見えれば違うようにも見える。
事実(実際に起こったこと)はひとつだけど、
真実(それをどう解釈しているか)は人の数だけある。 
 
自分の仕事にからめると
ピラティス」を指導している中で
即効性はなく、やり始めは何をしているかなかなか理解されない事が多く、
ピラティスの色んな流派やアプローチの違いで
否定されたり、衝突することも無くはないんだけど、
深く長い目で見れば、

それはそれでいい部分が沢山あるのかなと。 

物事を知れば知るほど、いかに自分が物事を知らなかったか思い知らされるけど
それが大人になることで、

人間として成長していくことなのかなと思った次第。 


秋ですねぇ。 [日記]

という前に、一気に冬になりそうですが(^_^;)

Autumn foliage




不思議なアングルだけど、実は、これ、
池を写してる写真

奥に見えるのは、池に写った木、
下に写ってるのは、手前にあった草。

こういう美しさ、一期一会ですね。

「ありの~、ままでぇ~」ではだめだと思う。

偽ること、は悪く、正直であること、は良いこと、だと幼い頃は思っていたが、大人になって経験を積んだり、科学的な知識を得ていくに従って、そうじゃない気がするようになった。。

「嘘がつける」能力というのは頭の良い証拠らしく、人間的な成長の結果でもあり、とかく「嘘」そのものが悪者扱いされているが、「嘘をつく」事自体よりも、その目的の方が重要なんじゃないのかな、と思う。

自分の中でたどり着いたひとつの基準は、その嘘が「自分のため、自分の利益のため」なのか「他の誰かのため、他人の利益のため」なのか。

文字通り、white lieとblack lieって事になるんだけど(笑)

善意と悪意、という主観的な言葉にとらわれがちだけど、本人が主観的にどうおもっているかよりも、客観的にどんな目的のためになっているかの方が、本質的じゃなんじゃないかと。

(なので、よくある、「あなたのことを思ってぇ」という主観的な親切心は大きなお世話になる得るということですね(笑))


同時に、「正直である」ことも逆説的に必ずしも良いことじゃないと思う。

「自分に対して」は正直であるべきだと思うけど、「他人に対して」正直である(=相手のための嘘がつけない)というのは、場合によっては迷惑な訳で・・・・。

ひとつの結論、「自分には偽らず正直に向き合い、相手のためには、時に嘘をつきましょう。」というところでしょうか。

ということで、「ありのぉ~、ままのぉ~、姿」は他人には見せてはいけないんじゃないかと・・・・。

「レリゴー(let it go)」だと、他人の言動に対してリアクションしない、放っておくということなので、「他人に正直に」というよりも「自分に正直に」ってニュアンスになるので、個人的にはこっちの方が良いかなと。
日本語訳が良いとか悪いいう話ではなく、嘘や正直に対しての考え方として)


余談、友人が「May J.よりも松たか子の方が良い」という話で盛り上がっていたのですが、自分に振られたので、「イディナ・メンゼル(オリジナルのエルサ役)の方が良い」と言ったところ、話が盛り下がってしまいました。

「えぇぇぇぇぇぇ。(お前、Glee観てただろぉ!!!)」
 (↑心の声)

ちなみにちょっとした自慢ですが、イディナ・メンゼルはブロードウェミュージカル「レント」のオリジナルキャストで、その公演を生で観た事があります、凄かったよぉ。

惑星という言葉が好き

 DSC_0050.JPG
 
惑う星、と書いて惑星と読む。
小学生の頃、この語源を聞いて、キュンとするくらいクールな表現だと思った。
  
北半球だと、夜の星々(恒星)は北極星を中心に反時計回りに回る。
惑星はそれらとは違い、北極星を中心に反時計回りには回らず、星々、星座の間を彷徨うように行ったり来たり動く。
 
そこから、惑う星、惑星という名前に。
(そもそも、英語planetの語源がギリシャ語の「プラネテス」という言葉で、その意味が、「彷徨う、放浪者」で、古くは「遊星」という言葉が当てられたらしいが、天文学の分野では今は「惑星」に統一されているらしい。) 

天動説(自分を中心に世界が回っている)で考えると、他の星とは違う、不規則に見える予測不能な動きをする星は、見る者を惑わせ、惑う星に見える。

しかし、地動説(一定の法則に基づいて、自らが世界の中を動いている)で考えると、それぞれ太陽を中心に公転している星がそれぞれの位置によって、見える場所が変化しているだけで、安易に理解は出来なくても、彷徨っていたり惑っている訳ではなく、規則的に法則を持って動いている。
(詳しく知りたい方は「ケプラーの法則」などをお調べください・・。)

この事は、「法則」を「考え方や価値観、モラルや規範」と読み替えると、自分と他者との関係性ととても似ていると思う。

自分を中心に世界が回っている(天動説)と思って生きていれば、自らとは違う考え方や価値観(法則)に基づいて生きている他の人は理解不能な惑う星であり、世界の中心であるはずの自らの存在(天動説)を脅かし見るものを惑わせる異質なもの、つまりは、差別や偏見、排除の対象になりうる。

自らも何らかの考え方や価値観(法則)に基づいて生きているの一人の人間(地動説)であると思って生きているのであれば、自分と同じように、でも、自分とは違う考え方や価値観(法則)に基づいて生きている存在があるんだということは理解できる。
 
そして、他の人の考え方や価値観(法則)に対して個人的な好き嫌いがあったとしても、自分の考え方や価値観(法則)を肯定するために、それ以外の存在を否定するような必要はない。 
 
天動説で見れば、惑うように見える存在があったとしても、地動説で見れば、それに惑わされるようなことは無いのだ。

小学生の僕にとっては、単なる言葉、としてでなく、それが含む概念がカッコいいと思った。
(まあ、一言で言えば、哲学的ってことなのだが、その頃はそんな言葉を知らなかった)

子供のクセに、すげー生意気な事を考えてたなぁと思いつつも、結構、鋭いところついてるじゃんと、東京ディズニーシーにある、「チェインバー オブ プラネット」を見て感慨に浸っていた次第です。
 
 
で、誰も居なかったので、思わず頑張ってやってみた、惑星直列(笑)
DSC_0053.JPG 


高いところ、素敵。 [日記]

今更ですが、初めて東京スカイツリーに行ってきました。 


自分の小さな「箱」から脱出する方法 [オススメ(本)]

最近読んだ中で、一番、自分にとって衝撃的だった本。

自分の小さな「箱」から脱出する方法

自分の小さな「箱」から脱出する方法

  • 作者: アービンジャー インスティチュート
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2006/10/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

よくキリスト教の教えで「汝の隣人を愛しなさい」とか「暗いと不平を言うよりも、すすんで明かりを付けましょう」とか、格言的に「偏見を持ってはいけない」とか「変えられないものを変えようとしてはいけない」などよく言われる言葉があるけれど、それって頭では理解できても、実践しようとすると、心ない出来事に心が折れたり、偽善的な気持ちになったり、自分自身を押さえ込んで相手に合わせているだけに感じたりと、現実には思っているよりも簡単にはいかないもの。

それを外側の行動やテクニックとしてではなく、源になる本質的な、内側から湧き出てくる根本的なものに気づかせてくれる。

「目から鱗」というか、「パラダイムシフト」というか・・・。

 

内容的には、一言で伝えづらいけれど、

「自分は正しい」と思っていて

「他の人に不満を感じ」 

「自分が正してやらなければ」

と思っているのなら、「問題を抱えているのは他の誰でもなく、自分自身」

そして、その問題をどう認識し、解決していくべきか。 

 

伝えてくれている内容はとてもシンプルなことなんだけど、それを頭ではなく身体で理解するのってこんなに葛藤するようなことなんだなと。 

ただ、この本だけを読んだだけだと、少し宗教的というかスピリチュアル的というか寓話チックな単なるいい話のような印象を受けかねないけど、その話を使いながら書かれていることは心理学とかNLPとか脳科学の側面でよく語られる、心理作用や反応、脳の構造的な科学的なことに基づいていると思う部分が多くて、今まで個々のケーススタディでのひとつの現象としてしか見ていなかった心の動きや働きが、ホーリズムというか「大きなひとつのものの働き」として理解できる手引き書としても興味深く読めると思う。

ちなみに著者は哲学者が創立メンバーに加わっていたという、ビジネス、法律、経済、哲学、教育、心理学の専門家が集まって、独自のコンサルティングやマネージメント研修を行っているという研究所。

ある意味、強烈な集団・・・・(^^ゞ 

 

余談だが、ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」という映画が私のお気に入りのひとつなのですが、その中でも少し匂わせるように提示されるテーマに通じる「科学も宗教も芸術も哲学も究極に行き着くのは同じところ、かもしれない」を改めて、感じたように思う。

映画「コンタクト」は、初めて見たとき(大学生でしたが)映画館で号泣したくらい、心を揺さぶられたのですが、それを共感してもらえるような人はあまりいなく、

「コンタクト」以上に映画館で涙が止まらなかった、お気に入り映画が「マグノリア」(トム・クルーズやジュリアン・ムーア、フィリップ・シーモア・ホフマン、ウィリアム・H・メイシー、ジョン・C・ライリーといった通好みな人がいっぱいが出演している、ポール・トーマス・アンダーソン監督の群像劇)

クライマックスシーンで号泣したのですが、それを共感してくれた人は皆無・・・・・。 

そう考えると、どこか哲学的なものに惹かれるのかもしれない。

 

閑話休題。 

 

苦言を呈すると、個人的にはこの本の内容と照らし合わせると、この日本語タイトルにはちょっと違和感が。

このタイトルからこの内容は想像しづらいし、直訳に近いとは思うけど、

「小さな箱」から「脱出」する「方法」というのがその日本語からイメージするものと、

英語からイメージするのと少し受ける印象が違うように思うのが少し残念なところ。

 

読む人の今までの経験や、感じてきたもの、そしてこの本を手に取るタイミングによって、評価は分かれるかもしれませんが、仕事、プライベートに関係なく、人間関係に何らかのものを今現在、感じているのであれば、一読の価値ありです。

 

もしあなたが

「正しいことをしているのに、評価されていない」と、感じているのなら

「正しいことを間違ったやり方でやっている」のかもしれないですよ(笑) 

 


自分の扱い方。

家でテレビを見ていることはあまりないのですが、ソニーブルーレイレコーダーを買ったおかげで、レコーダーが勝手に番組を録画し、スマートフォンへの転送機能があるので、移動中に見ている事が多くなりました。

で、最近よく見ている番組の一つが
 
子育てリアリティ 出張しつけ相談」(原題:Supernanny)

スーパーナニー(子育てスペシャリスト)が問題行動のある子供がいる家庭に行って、アドバイスをし改善していくというリアリティ番組。誤解を恐れず簡単に言うと「劇的ビフォーアフター」の子育て版って感じかな。

子供がいてもいなくても、単なるバラエティとしてもおもしろいので、BSが見られるテレビなら無料放送のDlifeで視聴できるので是非。

で、番組内で問題改善や寝かしつけなどの具体的なテクニックがいろいろ出てくるんだけど、よくよく見ているとこれって「オペラント条件付け」なんだと気づく。

「オペラント条件付け」って動物のしつけとかでも使われるテクニックだけど、簡単に言うと

良いこと(望ましい行動)をしたときには、ご褒美(快)を与えたり、嫌なこと(不快)を取り除いてあげ
悪いこと(望ましくない行動)をしたときには、罰(不快)を与えたり、ご褒美や好きなこと(快)を取り上げ

自発的な行動に対して学習させていく、というもの。

ペットだったりすると、飼い主が主導権を握り、自分勝手なわがままは通用しないということを教えておかないと、動物は問題行動を取って飼い主の気を引き、根負けさせることで自分の要求を通そうとする。

問題行動に対して、やめさせようとして構う事は動物に対してご褒美(関心)を与えている事になるので、悪いことをしたときには罰や無関心が訪れ、良いことをしたときにご褒美(関心や愛情)がやってくると言うことを理解させる事が重要。

余談ですが、うちの母親は3歳までは子供は動物と一緒、物心がつくまでは、頭で理解させて教えるのではなく、駄目なことは駄目と無条件に教えないといけないと思っていたらしいですが・・・。

よくよく考えたら、これって大人にも通用する部分がある。

数年前に読んだ本の中で心に響いた言葉に「人に自分の扱い方を教えている」というのがある。

無礼な態度や自分が望まないような扱いを受けた際、(トラブルになるのも面倒くさいなぁとか思って)結果としてそれを許容しその行為を許してしまえばその扱いが通用すると言うことを相手に教えているのと同じになる。

飛躍してしまえば、DVやモラハラにも繋がってしまうと。


残念なことに人間、褒めることが苦手だったり、心地よいことほどとかくスルーしがちなもので、自分がうれしいと感じる扱いを受けたとしても、それに対してお礼(ご褒美、快)や承認(関心)をすること無く、その行為の繰り返しを促すような行為はしない・・・・。



「愛することに罪はないけれど、愛の形に問題がある」
 
我ながら名言だと思うが(笑)高校中退して、父親との関係がうまくいってなかった頃、自分が父親との関係を母親に語った言葉。

人を愛したり、心配したり、親身になったりすることはとてもすばらしいことだが、その表現方法には受け手にとって望ましいものとそうでないものがあって当たり前だ。

好きの反対は嫌いではなく、無関心だと言われる。自分にとって望まない愛の形(扱い方)を受けたときには、無関心を与え、関心を与えてはいけないのだ。そして、自分が望むべき扱いを受けたときにこそ、その関心を相手に注ぐべきなのだ。

もちろん、大人なら(言葉は選ぶべきですが)自分の意思を相手に直接伝える事に超したことはありませんが、消極的に行っている行動も相手にとって意思表示になるということも心にとめておくべきかもしれない。
 
 

改めて、子供の姿には学ばされることが多いんだなあと思った次第です。


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